真我を偽わり自分を縛るエゴマインドから自由に!

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    厳しい発言の理由

    私は瞑想会のシェアで、ときどき厳しいアドバイスをするのは皆さんよくご存知のことと思います。なぜその様な発言をするのかと言えば、私たち人の心(感情や思考)エゴマインドがいかに巧妙に真我を偽っているかを知っているからです。
    マインドが本当の自分自身だと思っている人、自分自身の本音や感性を偽って生きてきた人、他者の感情や感性が自分のものだと思い込んで生きてきた人、過去の感情や感性に縛られて生きている人などにとっては、私の発言は痛いもの、受け入れるのが難しいものに感じることと思います。

    私は厳しい発言をするからといって、皆さんを否定しているわけでも、裁いているわけでもありません。私自身も完全に啓いているわけではありませんし、皆さんの人生や心の選択はまったくの自由ですし尊敬もしていますので、皆さんのマインドに疑問を投げかけているに過ぎません。
    なぜ疑問を投げかけるかと言うと、私自身が自らの体験をもって、エゴマインドから自由な瞬間を何度も経験しているからです。それは、瞑想中だけのことではなく、音楽を演奏しているときや、日々の生活の瞬間瞬間にリアルに体験しています。

    瞑想会でよくダーマのお話をしますが、音楽はダーマそのもの、常に流れているものです。
    演奏している自分が自己表現のこだわりにいるときには流れを見失いますし、一瞬でも瞬間の音楽の幸福感に浸ってそこに執着してしまったら流れから取り残されてしまいます。他者の価値観に沿う様に自分を偽って演奏したら自分の音が流れることは無く音楽の流れから切り離されてしまいます。過去に成功した時の記憶を辿る様に成功パターンや幸福感を追い求めたり、逆に失敗した時の記憶に恐れを抱いたら、心と身体が緊張して自由さを失って流れに乗ることができません。

    私が完全に自由で音楽の流れと共に在れるとき、その瞬間のマインドは完全な観察者、もしくは全体性と一体化している流れそのものです。それは、無でありながら毎瞬毎瞬の至福でもあります。音と音の間のコンマ何秒もの一瞬にも目覚めて、自由自在に音を紡いでいる感覚です。
    実際、演奏の出来映えも素晴らしい様で、涙を流して聴いてくださる方がたくさんいらっしゃることが、演奏時に自我から解き放たれている一つの明らかな証の様です。以前の演奏では、拍手はたくさんいただいても、涙を流す方はいらっしゃいませんでした。

    皆さんにもぜひその感覚を知って欲しい!自分を縛るマインドから自由になって欲しい!・・その純粋な願いが私の厳しい発言の理由・・ご理解いただけたら嬉しいです。

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