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    ●6泊7日茨城宿泊瞑想リトリート/体験記  by 浅子雄一郎(生徒さん)

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    60時間のサイレンス瞑想ではっきりと知った

       『本当の自分を生きる鍵』

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    茨城県日立市のヒーリングハウス希望の家にて、6泊7日の宿泊瞑想リトリートを体験しました。ただでさえ大きな浄化と内側(ときに外側の世界にまで)の変化をもたらす宿泊瞑想リトリートにおいて、今回は「酵素・天水による半断食」という新しい試みが加わり、リトリートの開催決定のときから、「どんなリトリートになるんだろう。」と、楽しみにしていました。

    「6泊7日、フル日程参加したい!」という目標を持った直後から、リトリートの資金面もOKになっていき、グループ瞑想会に参加し続けることで、「今リトリートに参加する意義」というものまでが、自然と調ってきたように思います。

    * * * * *

    いよいよ、リトリート当日。青山の教室にて、グループ瞑想2回の時間をもった後、春にしては肌寒い風を受けながら、東京駅からバスで茨城・日立へと向かいました。道中でも、2時間弱の瞑想を重ねます。

    日立に降り立つと東京よりも幾分か寒く、このシンと冷えた空気が、なにか、これから浸る「静寂」の始まりを告げているかのようでした。

    程なくして、村上幸子先生と無垢の木の家に、暖かく迎えて頂きます。酵素「天水」がズラッと並んだ、いつものリトリートとは違う光景を目にしても、これから断食が始まるなどという実感もあまりないままに、合宿はスタートしました。

    今回は、新たな人生ステージを迎えられようとしている、高原優先生にもアシストして頂きながらのリトリートです。そんな優先生と、幸子先生、浩樹先生と共に、20数人程でアラハンを詠唱しての始まりとなりましたが、このアラハンの響きに、なにか普通ではない、迫力とパワーを感じていました。

    * * * * *

    さて、多くの人数での濃い夜通し瞑想で、朝少し遅めの時間まで瞑想を重ねたあと、海へ行きました。4月の海水はまだまだ冷たく、「痛い」ほど。

    その日最初のグループ瞑想では、フル参加のメンバー3人(Sさん、Mさん、自分)が不思議と隣り合って座っていましたが、Sさんと「調子どう?」というような言葉を交わしたときのことです。

    彼は、1年前のリトリートで、誰の目にも「リトリートを最後までやり遂げることは難しいのではないか」と映るほど、大変に厳しい局面の中にあって、8泊9日のフル日程を見事にやり切ったという方ですが、今回はリトリートが始まる前から、その時とは全く違った存在感と、揺るぎなさを感じていました。

    「調子良いですよ。」という返答に続いて、彼はこう言います。

    「瞑想しようとしないことですよ。」

    この言葉が、以後の自分の瞑想を変えることになりました。より良い瞑想を追求しながら瞑想を継続してきた彼ならではのパワーが、その言葉には宿っていて、それが自分の何かを刺激し、またはクリアにしてくれたのかもしれません。

    フルフィルメント瞑想において、瞑想中「委ねる」ことは基本の姿勢であり、そのことは、十分に分かっているつもりでいました。

    しかしながら、今回のリトリートは初めての酵素断食、フル日程をやり遂げること、また個人的には、内面の癖を超えるチャンスとも捉えていたので(もしくは、その癖によるものかもしれませんが)、少し気負っていたところがあったのかもしれません。

    そんな彼の言葉を心に留めてからの瞑想では、余計な力が抜けたからか、普段は際立って感じないような、意識がもの凄く広がる感覚を体感しました。

    * * * * *

    その日の夜は、ジャプーヒーリングを終えた人から自然と居間に集まり、コタツを囲んで談笑が始まるという、いつものリトリートで大好きな時間でもあります。「えー!そんな能力があったの!?」と、仲間のヒーラー的な資質が垣間見られるエピソードがカミングアウトされたり、話が恋話になってきたところで幸子先生も加わり、話は「宇宙連合」にまで展開されていきました。

    翌日の日曜日は、週末参加の方々が帰路につく日でした。一区切りとなる、朝のグループ瞑想開始直前、いきなりの腹痛(今回のリトリート中、一区切りしてエネルギーが大きく動く直前に、恒例となっていました)に襲われつつも、「ものすごく濃い空間」と先生が仰るほどのグループ瞑想となりました。

    そのあとの海でも、かなりのエネルギーが動くこととなったのですが、それは浜辺でのジャプーヒーリングでのことです。

    たびたび、海で泳いだ後のジャプーヒーリングでは、自分の場合、通常では見ないような色をまぶたの裏に強烈に見たりといった不思議なことが起こります。(本当は、そのような強烈な変容は毎度のヒーリングで起こっているものの、海に入ったあとは、そのようなプロセスをより鮮明に体感するのかもしれません。)

    今回の「海ジャプー」では、初めて、手が自分の意志ではまったく動かせないほどに硬直してしまいました。おそらく、天水を飲みながら半断食瞑想を重ねていて、いつもより体の純度が高かったために、エネルギーに純度良く反応しての「硬直」であったと思いますが、しばしば純度高く、スピリチュアルなエネルギーが多量に巡っている方が、ヒーリング時に通常の人間の反応を超越したような反応を見せることに、少し納得がいくような体験でありました。

    * * * * *

    午後には、シンガーソングライターの、竹中あこさんを迎えます。

    30合という量の薪炊きご飯を担当させてもらい、それが中々に上手く炊けたようで、「上手に炊けてる」「美味しい」といった感想をたくさん頂けて、とても嬉しかったです。サラダや煮物、お刺身も、とっても美味しく頂きました。

    断食明けということで、食べる量は抑えたつもりですが、このとき一つ気がついたことは、「消化には思った以上にエネルギーを使っている」ということです。なにか、体全体のエネルギーを振り絞って消化しているような感じで、食べてからしばらくは、全身に疲れを感じていました。

    そんな中、竹中あこさんとの歌の時間は、とても癒しの空気に満ちた時間となりました。

    今回用意して立て掛けさせて頂いた、「ウィズダム」のヤントラに描かれている女神「サラスバティ」が見守る中、あこさんと皆の歌声が響き渡っている空間も、とても嬉しいものでした。

    「種蒔きの歌」をはじめ、マザーアースに捧げる歌を、あこさんと皆で沢山歌いましたが、奇しくも「アースデイ」という、「地球や地球環境について考える記念日」として、全世界でそのボルテージが高まっている中でのこの時間に、とても偶然とは思えないシンクロも感じていました。

    限られた時間の中で目一杯に歌を体感した後、いよいよ畑へと向かい、少し小雨の降る中、皆で歌い奏でながら、楽しく種蒔きをします。この優しい小雨も、なにか大地への恵みが降り注がれているようで、密かに感動していました。

    (この後にマザーアースが応えてくれた、目に見える、または目に見えない「奇跡」につきましては、「本当の豊かさ」に実地に触れながら、農業を始めとした自然との関わり合いを心深く愛していらっしゃる、瞑想スペース青山のY.Oさんまで、ぜひお話を伺って頂けたらと思います。)

    * * * * *

    海の見える温泉老舗旅館「はぎ屋」でゆっくりした後、寂しさを感じながらも、週末参加の皆とお別れをしました。

    その夜からは、フル日程参加者を中心に、サイレンス(言葉を発することやジェスチャーを使った意思疎通など、エネルギーを伴う行為を一切断ち、基本的には睡眠を取らずに、瞑想をし続けること)へと入っていきます。今回のサイレンスは、トータルにして62時間です。

    サイレンス開始から数時間して、一度横になったほうが良いという自己判断のもと、2時間ほど睡眠を取って以降は、終わってみれば丸2日と12時間、実に60時間の瞑想をやり遂げていました。

    今回は半断食のため、食べる時間や食休み等の時間は無く、天水を飲んでいるときやトイレに立つ以外、文字通りノンストップで瞑想を重ねましたが、やはり天水を飲みながらの瞑想であったからか、1年前のリトリートでのサイレンスとはまた違った、よりクリアな認識を伴いながらの経験も多かったと思います。

    * * * * *

    そんな、普段の瞑想では経験しないような、「サイレンスは通常の瞑想よりもディープな体験となる」と実感したことを中心にシェアさせて頂きますと、

    ・目を閉じてから1分以内に、自分の意志で「没入状態」に入れることが続いた。
    (正確には、コントロールしようと手足をバタバタしているのが海面だとしたら、その海面から離れて、自由に深海へと潜っていけるような感覚。)

    ・瞑想中、気がついたら、明らかに自分の家の部屋に居て、そこで瞑想しているような感覚が一度あった。

    ・もしくは反対に、しっかりと認識を伴っていた瞑想であったにも関わらず、瞑想後に目を開けた途端、茨城の希望の家に居ることに驚いて、なぜここに居るのかと、一瞬分からなくなることが何度かあった。

    ・眠気なども一切無い瞑想中に、体全体、もしくは体の一部が、バーンと跳ね上がるように突然動くことが何度かあった。

    ・瞑想中に手を開いて、手のひらを上に向けると、手から何かエネルギーのようなものが出ている感覚を明らかに感じた。

    瞑想教師ほどの瞑想経験と人生経験、目に見えない次元をキャッチする能力の開いているMさんからは、「不動明王が見えた」とお伝え頂けた程、ストイックに座り続けることができましたが、リトリート後に青山の教室でお話させて頂いた、瞑想を深く愛するKさん曰く「断食していたから」長時間に渡って座り続けることができたのかもしれません。

    (そのKさんは、今回のリトリートには参加されませんでしたが、リトリート期間中は「瞑想に入りやすかった」と仰っていました。先生も仰る通り、リトリートに参加している、参加していないに関係なく、深いところでは、皆繋がっているのかもしれません。)

    あとは、天水を飲み続けていたこと、常にマイナスイオンの電子チャージによる浄化の作用が働いている治療室(瞑想室)という環境、そして何より、週末参加の皆と構築することのできた、濃い「空」の空間、その一人ひとり、その一つひとつのお陰であったことは確かでした。

    * * * * *

    サイレンス中で最もつらかったことは、サイレンス中に参加しに来た仲間や、帰ってゆく仲間たちに、(言葉を発せない為に)挨拶ができなかったことでした。そのつらさは、食べないこと、睡眠を取らないこと、瞑想をし続けることにも増すものであったのです。

    次の見解は想像の域を出ませんが、このつらさが湧き上がったのは、「関係性」の中で生かされているという真理ゆえのことであり、その必要性は、食べる・眠るといった本能を凌ぐほどに、根源的なものであるからではないか。

    つまり「出家」というものも、根源的な「関係性」を大部分断つことで、その必要性に目覚め、ブッダの説く「すべては関係性の中で生かされている」という繊細な真実に心を開き、サンガという宇宙真理の見識を深めるような目的も持っているのではないかと、後で振り返って感じるものでした。(もしくは、仲間との「絆」のようなものに、深いレベルで触れていたからかもしれません。)

    そして、今回のリトリートのうち、瞑想の経験というカテゴリーで一番印象的だったものが、サイレンス明けの瞑想です。その瞑想とはそれぞれ、おもに次の3つの意図を持つものでした。

    ・「サイレンス明けをクリアに味わう瞑想」
    ・「サイレンス明けのジャプーヒーリング前の瞑想」
    ・「観音ヒーリングを入れながらの、癒し時間に繋がる瞑想」

    とくに、浴室で塩を全身に擦りこんで、瞑想室の環境を再びクリアに整えて頂いてからの「サイレンス明けをクリアに味わう瞑想」が、最も印象的でした。その瞑想後のシェアでは、「思考が全く無い瞑想だった。」というものや、今回のリトリートで一番深かったという先生の言葉もありましたが、自分も同じように感じていました。

    その境地に誘ってくれたのは、一つとして、塩を使ってお風呂で心身を「浄化」をしたことが大きかったようです。

    沐浴後の瞑想を推奨する理由も、瞑想中に分泌される、肌を若返らせるオジャスという物質を洗い流さないようにするためという他に、その日についた要らないエネルギーを流し出してからのほうが、その浄化に終始してしまうような瞑想にはならず、その分の、プラスアルファの境地を味わうことができるから、という理由もあるのだと知りました。

    同時に、「行き詰まり」を解消するには、単純に、負のエネルギーを洗い流してあげて、新鮮なエネルギーを通してあげるだけで良いのではないかと感じるに至ります。大切なことというのは、意外とシンプルなのかもしれないということに、心が開かれるようでした。

    * * * * *

    サイレンス明けのジャプーヒーリング前の瞑想後のこと。ヒーリング前の先生とのお話の途中、内側で大きく動くものがあったからか、突然の腹痛に見舞われました。

    ヒーリング後、先生とお話したことやアドバイス頂いたことを2階でメモしていたところ、幸子先生が部屋に来られて、あるお話をして下さいます。

    私たちは、肉体と魂が同居している存在であること。

    肉体というのは、言わば「とんでもない」もので、生きている限り、その面倒は見ていかなければならないこと。それでも、誰の魂も完璧で、素晴らしい存在であること。

    そんな「とんでもないもの」と、本当は「素晴らしいもの」が同居しているのが、私たちであること。(それは、「大変なこと」であること。)

    今は肉体面が優勢でも、いつか、この肉体と魂の「チェンジ・逆転」が起こること。愛の場所から、この逆転を促すもの、刺激としての、浩樹先生のアドバイスであること。

    「みんな同じなんだから。安心してね。」と、優しい微笑みで包んでくれたのです。

    ヒーリング前に浩樹先生からの先制パンチ的な言葉を受けて、腹を抱えていた自分を終始見届けてくれていた幸子先生からの、暖かなフォローでした。

    誰へともなく、合掌したい気持ちになりました。

    そのため、このことは自分の心の中に大切にしまっておこうとも想いましたが、同じように何かを感じて頂ける方もいらっしゃるかと思い、ここにシェアさせて頂きました。

    * * * * *

    夜は、予定していた温泉施設の営業時間の関係で、「風水温泉のぞみ」へと行き先が変更されました。サラサラの「白雪姫の天然海水塩」を擦り込んで、サウナで発汗を促し、水風呂に入るという「浄化サイクル」が、とても気に入っています。

    これを2サイクルこなし、サイレンス後のお風呂に続いて、期せずして「塩でたっぷり浄化する日」となりました。やはり塩の威力は凄く、見た目にもかなりスッキリしたようです。

    希望の家に戻ってからは、体調を崩してしまった方もいたため、自然と「観音ヒーリングを入れながらの瞑想時間」となりました。

    癒やしの波動がもの凄く、浩樹先生のお疲れもピークに達していたようで、瞑想の終わりの誘導が、夢うつつのような感じになってしまわれる程でしたが、サイレンス後の一連の流れが、本当に絶妙に「癒やし・休息モード」へと自然に移行されていて、とても心地が良かったです。

    * * * * *

    明けて、いよいよ最終日。最高の晴天が迎えてくれ、海水浴日和の中、海で泳ぎ、ジャプーヒーリングもして頂きました。

    お刺身や揚げ物を買って、希望の家に戻り、最後のグループ瞑想をします。Mさんから、「オーラがキラキラして、白い光に包まれている」と指摘して頂く前から、なんとも平安で、穏やかな空気を感じていました。

    そんなMさんは、立てかけさせて頂いたヤントラの女神から、「泣くからティッシュを取りなさい。」とメッセージを受け、本当に瞑想中に涙が出てきたそうで、このリトリート中はそのようなエピソード以外にも、Mさんの言葉を通して、目に見えない世界の存在というものを身近に、よりリアルに感じることができました。

    リトリート開始前から、最後のジャプーヒーリングは優先生にお願いしたいと思っていたことも叶い、嬉しかったです。

    リトリート中は、優先生の純粋さ、純真無垢な魂を垣間見せて頂いたようなことが何度とあり、その度に、癒やされ解けるようなことがありました。そんな優先生の、新しい道流れへと歩まれるタイミングにおいて、今回のリトリートでフル日程をご一緒できたことは、自分にとっても大きなことであったと思います。

    瞑想教師になられて間もない頃に初めてお逢いしてから、まだ瞑想経験の浅い自分の目にも、今ではその変容が目覚ましく映る先生の中のお一人ゆえに、これからも、ますます華開かれる優先生の姿、存在に励みを得ながら、自分も「ハートを大切に歩んでいきたい」と、改めて想うことができました。

    ご飯を美味しく頂いてから、皆で、フル日程をサポートして頂いた優先生をお見送りしました。

    その後、海の見える温泉老舗旅館「はぎ屋」に行きましたが、昼間という時間帯もあってか、海が目の前に広がるお風呂は終始貸し切り状態で、ゆっくりすることができました。

    「これは、6泊7日をやり切ったご褒美かな」と思いましたが、すぐに、ふと気がつきます。きっと、「ご褒美」は、いつの瞬間も受け取り続けていたのかもしれません。

    この目に映った、皆の笑顔、心に触れた言葉、天水、空の瞑想に浸っていた一瞬一瞬。

    そして、今回のリトリートによって、より深まった存在感覚の認識を持って、リトリート後も続くであろう「ご褒美」を見逃さないようにしながら、自らのハートを生きることを強く、選択し続けたいと思いました。

    * * * * *

    リトリート後に感じた一番の変化は、内の「静寂」が、確実に濃くなっていることでした。同時に、静寂とは、雑念がある無いといった議論とは、全く次元を異にしているということにも気がついてきます。

    静寂とは、「存在の状態(感覚)」そのもののことであり、この静寂にこそ、全宇宙と己の、すべての秘密と真実が宿っているのではないか。

    そして、その静寂とは、ハートを開き、ハートに生きることを可能にする、唯一の場所であることも、不思議とクリアに感じ始めています。

    すると、瞑想というものが、「本当の自分を生きる」ことにダイレクトに繋がっているというインスピレーションがますます確かなものとなってきて、それは瞑想をする動機として、そのまま毎日の瞑想に強力に作用するところとなりました。

    この充填されたエネルギーと、静寂の感触をもって、いよいよ実地に、ハートを生きることの体現へと、ますます歩みを進めていきたいと思っています。

    このように前を見据えて立つことを可能にして頂いた、浩樹先生、幸子先生、優先生をはじめ、リトリートに参加された仲間お一人お一人と、青山の教室で学ぶ仲間の皆様に、この場をお借りし、心からの感謝を贈ります。

    最後までお読み頂きまして、ありがとうございました。

    浅子 雄一郎

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